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【虚構世界内存在の】理性・真理・虚構【思惟の道】

14 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2007/01/02(火) 07:11:00 ID:XXsYpbQD
●非超越論(1→0)
デカルト(Rene Descartes)は「絶対確実なものを知るためにいったんすべてを疑ってみる」という方法的懐疑によって、「疑っていることを疑うことはできない」というところに辿り着いたということである。
しかし、それ以前に、「絶対確実なものを探究するためにいったんすべてを疑う」ということは、少なくとも形式的には絶対確実なものがあるかどうかは分からないというところから出発するはずであるが、
そうであれば「疑う」という語がいったい何であるかということが最初の時点ではまだ確実でないということになる。
そうであるにもかかわらず、デカルトは、「疑う」という語、ひいては「絶対確実なものを知るためにいったんすべてを疑ってみる」といったような文が何であるかを独断して議論を進めている。
なぜ、そのようなこと、すなわち自明でない何かを前提にして議論を展開することは正しいという信念が正しいということを正当化することができるのであろうかということである。
結局、無前提では、出発することも、終点に行き着くこともない。
つまり、言語の制約を受けているんだったら、言語と切り離して何かが存在するとか、成立するとかいったことはあり得ない。
すべては人間が人間の言語によって規定・設定したり、構築・制作したりしている(しかも、そこでは、よく想定される人間社会の内側と外側などというものは単なる幻想に過ぎず、
ただ人間社会=人間の言語しかない)んだから、正当化は人間社会においてなされるものであるということなる。
こうして、すべての超越論は失敗し、非超越論が正しいということになる。
したがって、たとえば法や道徳について言えば、それらは一般に超越論的に正当化されているが、社会が正しいと設定しているから正当化されるという非超越論的正当化へと変更を余儀なくされるし、
数学にしても、実用性/有用性があるという妄想が共有されているから正当化されるという認識を持たざるを得ないのである。

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